蒼海は歌う 愛と喜びを
序章 シンオウとの別れ
波乱に満ちたシンオウグランドフェスティバルは幕を閉じた。
シュウとハルカの二人は新たなコンテストに挑戦するため、シンオウ地方を出ることにした。
世話になったコーディネーター達に別れを告げ、二人はグランドフェスティバルの会場から少し離れた港に来ていた。
「うわー、おっきい船!豪華客船って感じかも!」
「どうせこの地方を出るなら、雪でダイヤが乱れてる陸路よりも海路を使った方がいいだろう?」
ハルカがはしゃぐ横で、シュウは船を見上げる。
二人の目の前に泊まっている船はとてつもなく大きい。
それはそうだろう、この船は世界最大級の豪華客船なのだ。
船体には大きく「LILAC」と書かれている。
「ライラック号か……。ねえ、シュウ、どうしてこの船を選んだの?」
「昔、この船に乗って家族旅行に行ったことがあるからね。ちょうどこの港に来てると知ったから予約を入れたんだ。」
「こんな船で家族旅行なんて凄すぎるかも……。」
ハルカが改めて船を見上げる。
堂々とそびえ立つ姿は、船というより山のようだった。
「目的地に近い港に立ち寄ると言うし、ハルカと一緒に船旅がしてみたかったんだよ。」
「そういえば、シュウと一緒に小船には乗ったことあっても、船旅ってしたことって無いわね。」
「だろう?君、海は好きかい?」
「大好き!」
ハルカはタラップに向かって走り出す。
「シュウ!早く乗ろうよ!」
「ハルカ、そんなに急ぐと転ぶよ。この港だって雪が積もって――。」
シュウの言葉が最後まで終わらない内に、ハルカは雪に足を取られて転ぶ。
シュウはため息をついて、ハルカを助け起こすため駆け寄った。
「乗ってみると、その大きさがよく分かるわねー。」
ハルカが感心したように辺りを見回す。
二人はライラック号の長い廊下を歩いていた。
「何だか船と言うより大きなホテルみたい。」
「客船だからね。」
話している内に、客室に着いたようだった。
シュウはポケットから受け取った鍵を取り出す。
ドアを開けると、目の前には豪華な空間が広がっていた。
「わあっ!とても船の中なんて思えない!凄すぎるかも!」
「君、さっきから大きいとか凄いとかしか言ってないね。」
「だって凄いんだもの!」
ハルカは部屋に入って、中を見渡す。
豪華な絨毯が敷かれ、調度品も全て一級という至れり尽くせりの客室だった。
「うわあ、ベッドも大きい!」
続きの部屋に入って、ハルカはベッドにダイブする。
キングサイズのベッドは、ハルカを乗せて程よく弾んだ。
「気に入ったかい?」
シュウがベッドの縁に腰掛けて言う。
「うん!」
ハルカは顔をシュウに向け、満面の笑みを浮かべた。
「それは良かった。」
シュウはベッドに広がるハルカの髪を一房手に取った。
そのまま指を絡める。
「今日から君はぼくと同じ部屋で寝るんだよ。」
その言葉に、ハルカはかあっと顔を赤らめる。
「……部屋を一つしか取ってなかったり、ベッドがやたらと大きいのは――。」
「そのために決まってるじゃないか。君だって、ぼくと一緒に寝るのは好きだろう?」
ハルカの顔がますます赤くなる。
「今更照れることはないだろう?君は毎晩のようにぼくの部屋に押しかけてきてたんだから。」
「それとこれとは話が違うかも……。」
シンオウグランドフェスティバルで起こった大騒動の結末を思い出して、ハルカは顔をベッドに伏せた。
シュウはそんなハルカを可愛いと思う。
いつも可愛いのだけれど、あの時から自分だけに見せてくれるようになった顔は格別可愛い。
「……何笑ってるのよ。」
思わず笑ってしまったシュウをハルカが睨みつける。
それでも顔は赤いままで上目遣い。
迫力の欠片も無かった。
シュウはハルカの髪を梳く。
「幸せだなあって思って。君を愛して、君に愛されて。」
ハルカが突然の告白に目を丸くする。
シュウがハルカの髪から手を離し、ベッドから立ち上がった。
「ハルカ、もうすぐ出港の時間だよ。甲板に行って、シンオウにお別れを言ってこよう。」
「あっ!ま、待ってよ、シュウ!」
慌ててハルカも起き上がる。
そのまま部屋を出ようとするシュウに駆け寄り、後ろから抱きついた。
「ハルカ?」
「……わたしも幸せよ、シュウ。」
腕にぎゅっと力を込める。
「あなたを愛することができるのも、あなたに愛されていられるのも、あなたに出会えたから。」
ハルカは抱きしめることのできる温もりを愛しく思う。
「あなたに会えて本当に良かった。」
「……ぼくもだよ。」
シュウはそっとハルカの手を外して向かい合う。
「君に出会えて本当に良かった。」
目を閉じたハルカにシュウは柔らかく口付けた。
シンオウの地が遠くなっていく。
シュウとハルカは甲板に出て、離れていくシンオウを見つめていた。
「色々あったけど楽しかったわね。旅するのも、グランドフェスティバルも。」
「ああ、シンオウはとてもいいところだった。また機会があれば旅をしよう、二人で。」
二人は顔を見合わせて微笑む。
「グランドフェスティバルが楽しかったなんて言ったら、みんなに怒られちゃうかな?」
「ハーリーさんは怒るだろうね。今度会ったら、お礼にぼく達の仲を見せ付けてやろう。」
シュウは朗らかに言う。
「サオリさんやワカナさんは喜んでくれるよ。ハルカが元気になったんだから。」
「またみんなに会いたいな。」
「会えるよ。ぼく達はコーディネーターなんだから。」
シュウはハルカの肩を抱き寄せる。
ハルカはシンオウの白い町並みが見えなくなるまでずっとシュウの温もりを感じていた。