蒼海は歌う 愛と喜びを
第一章 異変
ハルカの様子がおかしい。
シュウがそれに気付いたのは、夜に行われた船上パーティーの後だった。
パーティーではあんなにはしゃいでいたのに、今ではその影も見当たらないほど暗く沈みこんでいる。
「ハルカ、どうしたんだい?」
シュウは部屋に戻ってから、ハルカに問いかける。
「……どうしたって何が?」
ソファーに座り、俯いたままでハルカは答える。
「とても落ち込んでるように見えるんだけど。」
シュウは船上パーティーでのハルカの様子を詳しく思い出す。
優雅な音楽が流れる豪華客船に相応しい盛大なパーティー。
海の中を戯れるように踊る人の群れを眺めながら二人で料理を食べて。
ハルカは彼女らしく豪快に皿を重ねていって。
そんな中、ハルカが喉が渇いたと言うから、ハルカを待たせて飲み物を取ってきて。
戻ってきたら、ハルカが知らない男と話していて。
その直後からハルカの様子がおかしくなった。
まさか――。
「パーティーの時の男に何か言われた?」
シュウはハルカの頬に手をやる。
「あの男は君に何を言ったんだ?」
シュウの剣呑な気配に、ハルカは力なく首を振る。
「違うよ、シュウ……。あの人からはダンスに誘われただけ。断ったら、天気の話をしてくれたわ。」
「君の様子を見てる限り、ただの天気の話じゃなさそうだけど?」
ハルカの目が曇る。
シュウはソファーの前に膝をついて、ハルカの顔を覗き込む。
悲しいとは違う……これは寂しい目だ。
「ハルカ、何があったんだい?ぼくに話せないこと?」
ハルカは無言で首を動かす。
肯定とも否定とも取れる仕草だった。
「……一人で考えたいし、シャワー浴びてくるね。」
寂しげな目をそのままに、ハルカはシュウの前から去っていった。
「ハルカ、どうしたんだろう……。」
シュウはハルカと入れ替わりでシャワーを浴びていた。
思わず独り言が出てしまうほど、ハルカの様子はおかしかった。
もしかしたら、自分の見立てが違うのかもしれない。
暗く沈み込んでいるように見えたが、あれは暗いとか沈んでいるとかの類ではないのかもしれない。
少しだけだけど、違うものが見えたような気がする。
暗い中にも明るさが垣間見られるような、沈んでいる中にも楽しさが浮かんでいるような。
寂しいけれど小さな幸せがそこにある。
例えて言うなら――そう、恋煩い。
「って、そんなわけないだろう!」
シュウはシャワーを頭からかぶる。
ハルカの言う通り、あの男は関係ないのだろう。
関係あるのなら、ハルカはすぐに行動に移すはずだ。
同じ船に乗っているのだし、思い立ったら即行動がハルカの信条だから。
ハルカが好きなのは自分だ。それは間違いない。
恋煩いは、いくら暗く沈み込んでいても、少しくらいは幸せそうに見えるものだと聞くけれど。
ハルカが愛しているのは自分なのだ。
でも、あの寂しそうな目は誰かを想っている目ではなかったか。
言うなれば、届かぬ想いを秘めた――。
「違う!」
あれは恋煩いじゃない!恋煩いなんかじゃない!
ハルカが想うのは自分だけだ!それ以外認めない!
シュウは豪華な浴室で一人頭を抱えて暴れていた。
シュウは浴室を出て、ベッドに身を横たえた。
シャワーを浴びていた時間はそんなに長くないはずなのに、心労でくたくただった。
「ハルカ……。」
名を呟いて、はっと気付く。
ハルカの気配が部屋のどこにもない。
「どこだ、ハルカ!?」
シュウは部屋を飛び出した。