蒼海は歌う、愛と喜びを 



第三章   再会

 

 

 

 

 

 

 



「う、ううん……。」

シュウは目を覚ました。

ここはどこだ?ぼくは何をしていた?どうして眠って――。

「そうだ、ハルカ!?」

一気に記憶が戻ってくる。

そうだ、ぼく達は海に投げ出されたんだ。

それで、咄嗟に右手でハルカを抱き寄せて――。

今のシュウの右手にも胸元にもハルカはいなかった。

「ハルカ!?」

シュウは狂ったように辺りを見回す。

すぐに自分の左手が目に付いた。

ハルカの手首を握り締めている。

ハルカはシュウの隣で気を失っていた。

「良かった……。」

シュウは右手で左手の指を一本ずつ外していく。

それほどまでに、シュウの左手はハルカを離すまいとしていた。

全ての指を外し終えて、シュウはハルカを抱き起こそうと手を伸ばす。

そこでシュウは気付いた。

ハルカの顔の横で、必死にハルカを起こそうとしているポケモンに。

見たことのないポケモンだった。

水色の小さな手でぺちぺちとハルカの頬を叩いている。

シュウはそのポケモンが気になりつつも、ハルカを抱き起こした。

ハルカの口元に耳を寄せる。

ハルカは規則正しく呼吸していた。

「良かった……。」

改めて安心する。

握り締めた手が脈打っていたから生きているのは分かっていた。

それでも温かな息遣いを聞くとほっとする。

「ハルカ……。」

ぎゅっと柔らかいハルカの体を抱きしめる。

しばらく抱きしめていて、こんなことをしている場合ではないと気付いた。

「ハルカ、起きて、ハルカ。」

体を離して、ハルカを揺する。

水色のポケモンも、だらりと下げられて、それでもバンダナを握り締めているハルカの右手を引っ張っていた。

その甲斐あってか、ハルカのまぶたがピクリと動く。

「ハルカ!」

シュウの呼びかけに応えるようにハルカが目を開けた。

「シュウ……?」

ハルカの目がシュウを捉える。

「良かった、ハルカ……。」

シュウがまるで泣くように笑うので、ハルカは微笑んだ。

「大丈夫よ、シュウ。あなたも無事で良かった。」

ハルカはシュウの腕から身を起こす。

「ここは――。」

「ハルカ。」

高く、それでいて柔らかな声がした。

ハルカがその声に表情を変える。

泣きそうな、笑い出しそうな――シュウと同じ顔をしていた。

「そう……、あなたが助けてくれたのね……。」

ハルカが右手に目をやる。

シュウも一緒に視線をずらすと、水色のポケモンがハルカの手を握って嬉しそうに笑っていた。

ハルカが飛びついてきた小さなポケモンを抱きしめながら涙を流す。

「マナフィ……マナフィ……。」

何度も繰り返してそのポケモンの名前らしき言葉を紡ぐハルカの声をシュウはただ聞いていた。




「シュウ、紹介するわ。マナフィよ。」

ハルカが胸に抱いたポケモンをシュウに紹介する。

「マナフィ……?」

聞いたことがある。

海に生息する珍しいポケモンのはずだ。

「マナ!」

マナフィが片手を挙げて挨拶する。

「でも、そのマナフィがどうしてぼく達を……?」

マナフィがハルカに向き直って、ハルカに抱きついた。

「ハルカすきー!」

「ありがとう、マナフィ。わたし達を助けてくれて。わたしのことを忘れないでいてくれて。」

ハルカも嬉しそうにマナフィを抱きしめる。

シュウはその様子を見ていて気付いた。

「君が育てた子どもって、もしかして……。」

「マナフィよ。別れたのは5年も前だけど、ちゃんとわたしを覚えていてくれたの。」

ハルカがマナフィに頬をすり寄せる。

マナフィも笑ってハルカの頬に顔を寄せた。

「マナフィ、紹介するわ。この人はシュウよ。」

マナフィがシュウをよく見られるように、ハルカはシュウの顔の前でマナフィを掲げた。

「シュ……?」

「シュウよ、マナフィ。シューウ。」

ハルカがシュウの名前を繰り返す。

「シュウ?」

「そう、シュウよ!この人はシュウ!」

「シュウ!」

ハルカの腕の中から飛び出したマナフィがシュウに抱きつく。

「やっぱり、マナフィもシュウが好きなのねー。」

ハルカがくすぐったそうに笑う。

「やっぱり、わたしに似たのねー。嬉しいかも。」

「ハルカすきー!シュウすきー!」

抱きついてくるマナフィにシュウは恐る恐る腕を回す。

「マナフィ?」

「マナ!」

「……ありがとう、ぼく達を助けてくれて。」

マナフィが目をパチクリさせる。

「あーりーがーとーお?」

「ありがとう、よ、マナフィ。お礼の言葉。命を助けてくれてありがとう。」

ハルカもマナフィにお礼を言う。

手を伸ばして頭を撫でると、マナフィは嬉しそうに笑った。

「ありがとー!ありがとー!」

「マナフィ、ありがとうって言われたら、どういたしましてって言うのよ。どういたしまして。」

「どー……?」

「どういたしまして。」

「どーおーいーたーしーまーしーて!」

ハルカが笑う。

「そう、マナフィ。ありがとう!」

「どーいたしましてー!」

マナフィはシュウの腕の中できゃっきゃとはしゃいだ。




「ところで、ここはどこなんだい?」

マナフィを抱いたまま、シュウは周りを見回す。

目の前には明かりのともった大きな建物、後ろには海、そして上にも――海。

大きなドームのように、天井は透明な球体で覆われている。

揺れる真っ黒な水から、まだ夜が明けてないのだと分かった。

もう一度建物に目を向ける。

シュウはその建物の明かりが、気を失う直前に見た光と同じ色だと気付いた。

そうすると、やはり、ここは海の中なのだろう。

シュウとハルカの二人は、全てを海に囲まれた不思議な建物の前に座り込んでいた。

「ここはアクーシャよ。海の神殿アクーシャ。」

ハルカが立ち上がり、懐かしそうに辺りを見渡す。

「大昔、水の民と呼ばれる種族が水ポケモンと交流するために創った場所。マナフィの家よ。」

シュウも立ち上がって、ハルカの隣に並ぶ。

「君がそれを知っているということは……。」

「わたしも水の民の末裔らしいわ。この腕輪はその証。」

ハルカが大切そうに右手の腕輪を撫でる。

海の上にいた時と違い、腕輪は自ら蒼く輝いていた。

「この神殿も水の民を忘れないでいてくれたのね。」

ハルカはそびえ立つ神殿を見上げる。

堂々と神殿は二人を見下ろしていた。

マナフィがシュウの腕の中から飛び出す。

「マナ!マナ!」

水路に飛び込んで、マナフィは二人を振り返る。

「ついておいでって言ってるのかも。」

階段を流れる水路を飛び跳ねながら泳いでいくマナフィの後を二人は追いかける。

マナフィが二人を導いた所は水のベールで覆われた小部屋だった。

二人が小部屋に辿り着くと、マナフィは水から上がりクルリと二人を振り返る。

そして歌い出した。

高く、柔らかに、歌声を響かせる。

そして、それにもう一つの歌声が加わった。

低く、包み込むような響き。

「アクーシャの歌声……。」

ハルカがぽつりと呟いて腕輪を掲げる。

淡く輝いていた腕輪は、今ではまばゆく光っていた。

マナフィと神殿の歌声は重なり合って二人の体に響く。

歌の終わりと同時に、二人の前にあった水のベールが開かれていった。

「マナフィとアクーシャがわたし達を歓迎してくれてるのね……。」

いつかもこうして迎え入れられたことを思い出すかのように、ハルカは現れた廊下を歩み出す。

マナフィはまた先を進み、二人を導いた。

 

 

 

 

 

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