蒼海は歌う 愛と喜びを 



第五章   一夜明けて   

 

 

 

 

 

 



腕の中の温もりが動いたことで、シュウは目を覚ました。

ぼんやりとする頭で、眠る前のことを思い起こす。

あれからマナフィを抱きしめて眠るハルカを抱きしめて。

寒くないように体にシーツを掛けて。

頭に回した手でハルカの髪を梳いている内に、いつの間にか眠ってしまった。

「ハルカ……?」

ぼんやりと名前を呼ぶ。

「マナ!」

それに元気良く応えたのはマナフィだった。

ハルカの腕から顔を出して、シュウに抱きつこうとする。

「おはよう、マナフィ。」

「おはよー?」

首を傾げるマナフィをシュウは優しく撫でた。

「起きた時の挨拶。今日も一日よろしくって意味だよ。おはよう、マナフィ。」

「おはよー、シュウ!」

賑やかに挨拶をするマナフィの声に、ハルカがもぞもぞと動いた。

「んー、なに……?」

「おはよう、ハルカ。よく眠れたかい?」

ぼんやりと顔を見上げてくるハルカにシュウは微笑む。

「まだちょっと眠いかも……。」

目をこすろうとして、ハルカは腕の中にいるマナフィに気付いた。

「おはよう、マナフィ。」

「おはよー、ハルカ!」

挨拶を返してきたマナフィにハルカは一瞬驚いて、それでも嬉しそうに笑う。

「ハルカ。」

シュウの呼ぶ声に顔を上げると、いきなり唇を覆われた。

「んっ――!何するのよ!いきなり!」

ハルカが真っ赤になりながら叫ぶ。

「おはようのキスに決まってるじゃないか。」

その顔を眺めて、満足げにシュウは笑う。

「おはよーの……?」

首を傾げ、それでもマナフィはシュウを真似てハルカに自身の唇を合わせた。

「あああああっ!?」

シュウはマナフィの前でハルカにキスしたことを大後悔した。




「シュウ、そろそろ機嫌直したら?」

ハルカに背を向け、水辺に座るシュウから返事はない。

あれから二人は起き出して、マナフィの案内の元、神殿の庭園らしき場所に来ていた。

所々に木や茂みがあり、足元は柔らかな草で覆われている。

海から注ぐ光と神殿の灯りに照らされ、地上とは異なる不思議な緑を演出していた。

「ねえ、シュウってばー。」

シュウは振り向きもしない。

ハルカが膝に抱いたマナフィと顔を見合わせる。

それでもマナフィがちらちらシュウを見ているので、ハルカはマナフィに分かりやすく説明しようとした。

「シュウはね、マナフィとわたしがキスしたからやきもち焼いてるのよ。」

ピクリとシュウの肩が動く。

「キスー?やきもちー?」

「キスっていうのは唇を合わせること。愛情表現よ。」

「ハルカすきー!」

愛情表現と聞いて、マナフィがハルカに口付ける。

ピクピクとシュウの肩は痙攣した。

「やきもちって言うのはね、シュウがマナフィを羨ましがってるってこと。」

「うらやましー?」

「いいなーって。替わってほしいなーって思ってるのよ。」

「……。」

――別に替わってほしいなんて思ってない。

よっぽどそう言ってやろうかと思った。

しかし、確かにハルカにマナフィとではなく、自分とキスしてほしいと思っているので、それが言えない。

言ったら、マナフィは真に受けるだろうし。

だからと言って、本当に替わってほしいなんて言えない。

シュウは自分のプライドの高さが今だけは恨めしかった。

しかし、ハルカの次のセリフに思わず振り返ってしまった。

「パパはね、ママがあんまりにもマナフィと仲良しだから、やきもち焼いてるのよ。」

「ハ、ハルカ!?」

シュウの驚いた顔に、ハルカは首を傾げる。

「どうしたの、シュウ?」

「パ、パパって!?」

ハルカと一緒に首を傾げているマナフィを指差す。

「ぼくがマナフィの父親!?」

「そうよ。」

ハルカはシュウがどうしてそこまで驚くのか分からないといった顔で頷く。

「わたしがマナフィのママなら、シュウはパパでしょう?」

「え、いや、そう言われればそうなんだろうけど、でも……。」

「それとも、パパはサトシの方が良かった?」

「それは絶対にダメだ!」

むきになって反論するシュウが可愛くて、ハルカはくすくすと笑う。

「だから、そんなにマナフィに嫉妬しないで、シュウ。わたしがキスしたいと思うのはあなただけよ。」

「本当に?」

「本当よ。」

ハルカは返事をしながら立ち上がる。

シュウの傍まで歩いていき、膝をついてシュウに口付けた。

目を閉じて互いの唇を感じ合う。

かなり長い時間合わせていた唇を離すと、シュウの頬は赤く染まっていた。

「シュウ、照れてるー。可愛いかもー。」

「からかわないでくれ……。」

シュウが片手で顔を覆う。

「マナフィもー!」

マナフィがハルカの腕の中でパタパタ手足を動かす。

「マナフィもシュウにキスしたいの?」

「したいー!シュウすきー!」

しかし、ハルカはぎゅっとマナフィを抱きしめて放さない。

「ダメよ、マナフィ。シュウの唇はわたしだけのものなの。」

「ダメー?」

「そう、ダーメ。」

ハルカが人差し指でマナフィの唇を押さえる。

「マナフィ、分かった?」

「わかったー!マナフィ、キスするのハルカだけー!」

ぴょんとハルカの膝に立ち、マナフィは再びハルカに口付けた。

「もう、マナフィったら可愛いんだから!」

ハルカがマナフィを抱きしめる。

……不公平だ!どこが不公平なのかよく分からないけど、とにかく不公平だ!

シュウの後ろには嫉妬の炎が燃え盛っていた。




それでもずっと不機嫌でいるわけにもいかないので、シュウは何とか自分をなだめる。

これから話し合わなければいけないことが沢山あるのだ。

「シュウ、話の前に食事にしましょう。」

いつでも食い気が優先するハルカは、そんなシュウの気構えをあっさり粉砕する。

「やっぱり、神殿には水の民が大勢住んでいたのね。こんなに木の実があるんだから。」

庭園には果実の木が何本も生えていた。

ハルカが木から果物を取る。

傍を流れる水でナナシの実を洗って頬張った。

「うん、美味しいかも!」

「マナフィもー!」

マナフィが木になっている実を取ろうと手を伸ばした。

ハルカはオレンの実をマナフィの手に置く。

しかし、マナフィはオレンをじっと見つめたまま、なかなか口を付けようとしなかった。

「どうしたの、マナフィ?」

「……マナフィ、すき、ちがう。」

マナフィが小さな声で言う。

「これが嫌いなの?」

「きらいー?」

「好きの反対。好きじゃないってこと。」

マナフィはこっくり頷く。

「マナフィ、これ、すきじゃない。きらい。」

「好き嫌いはいけないよ、マナフィ。」

シュウがマナフィの傍まで来て腰を下ろす。

「好き嫌いを言ってると大きくなれないよ。貸してごらん。」

マナフィの手からオレンの実を受け取って、シュウは皮を剥き、半分に割る。

半分をマナフィに返し、もう半分を自分の手に残した。

「ほら、マナフィ、食べてごらん。美味しいよ。」

シュウがマナフィの目の前でオレンの実を口に入れる。

美味しそうに飲み込んでニッコリ笑った。

そんなシュウを見て、マナフィも恐る恐るオレンの実を口に運ぶ。

「美味しいかい、マナフィ?」

小さくマナフィが頷くと、シュウはマナフィの頭をよしよしと撫でた。

――本当のパパみたい。

ハルカはそんな二人を優しい眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

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