蒼海は歌う 愛と喜びを 



第六章   優しい蒼海

 

 

 

 

 

 



「アクーシャはね、大昔からずっと潮の流れに乗って漂っているの。海の王冠と呼ばれる秘宝を守るために。」

食事を終えたハルカが話し出す。

シュウはマナフィを抱きかかえ、ハルカの膝に頭を乗せていた。

ハルカはシュウのさらさらとした髪を撫でる。

「でも、マナフィはどこにいてもアクーシャの場所が分かるの。タマゴから孵ったマナフィは海を渡って故郷のアクーシャに戻るのよ。」

優しい手を感じながら、シュウは天井のドームを見上げた。

日の光を受けた水がゆらゆらとたゆたっている。

「そして、海の神殿に還ったマナフィは、海のポケモン達のリーダーになるの。マナフィは蒼海の王子だから。」

「蒼海の王子?」

「マナフィはそう呼ばれているの。みんなの心を一つにまとめることができる蒼海の王子。」

ハルカは懐かしそうに言葉を続ける。

蒼海の王子との出会いと別れの物語をハルカはゆっくりと紡いでいった。




話し終えた時、ハルカの目からは涙が溢れていた。

シュウは身を起こし、ハルカの涙を指で拭う。

それでも、拭いきれなかった涙はハルカの頬を伝い落ちた。

長い物語の途中で眠ってしまったマナフィは、ハルカの嗚咽で目を覚ました。

「ハルカ……?」

マナフィはシュウの腕から降り、ハルカの膝に立つ。

そうして小さな手でハルカの涙を拭った。

拭っても拭っても溢れてくる涙に、マナフィは悲しげにハルカの顔を見上げる。

「違うわ、マナフィ。悲しくて泣いてるんじゃないの。」

ハルカはマナフィを抱きしめる。

「あなたにもう一度会えたから嬉しくて泣いてるのよ。最後にさよならって言って別れたあなたにまた会えて。」

「かなしー、ちがう。ハルカ、うれしー?」

ハルカは泣きながら微笑む。

「そう、とても嬉しいわ、マナフィ。あなたが元気で、元気なあなたにまた会えて。」

「マナフィ、ハルカにあえてうれしー!」

マナフィもハルカの胸に抱きつく。

シュウは母子の抱擁をただ見つめていた。




「アクーシャは海流に乗って海を漂っている。そうだったよね、ハルカ?」

ハルカが落ち着いてきた頃を見計らい、シュウは問いかけた。

「そうよ。皆既月食の時だけ人の目に見えるようになるけど、それ以外の時は海と同じ色をして、海の中を漂流しているの。」

「なら、このまま潮の流れに乗っていけば、いつかは陸に近い所に出るんじゃないか?」

シュウの言葉に、ハルカはハッとする。

「その時にぼく達も陸に上がろう。」

「……またマナフィと別れることになるのね。」

「それがいつになるのかは分からないけど、確実に。」

ハルカは、話の内容が分からず、ただ自分を見上げるだけのマナフィを抱きしめる。

「5年前に別れた時も辛かったのに、それをまた繰り返すのね……。」

「……君はその別れの時と、マナフィに冷たくしていた時、どちらが辛かった?」

ハルカは問いかけの意味が分からず顔を上げる。

先程の話を思い返しながらシュウは続けた。

「君の話に出てきたポケモンレンジャー、彼の言うことは間違っていない。でも、ぼくにはそれが正しいとは思えない。」

シュウはハルカに抱きしめられたマナフィに手を伸ばす。

「君に懐けば懐いた分だけ、マナフィも別れが辛くなる。それは事実だ。でも、だからと言って引き離すなんてしちゃいけない。」

マナフィの頭を優しく撫でた。

「別れが辛いのはその人が本当に好きだから。そんなに好きな人と引き離して別れの辛さを軽減したとしても、それが本当にマナフィのためになるのか?」

その手をハルカの頬にも伸ばす。

「そして、マナフィが一人で海のポケモン達のリーダーとしてやっていく糧になるのか?」

ハルカの赤くなった目元を優しくなぞった。

「ぼくはそうは思わない。本当にマナフィの糧になるのは、君に愛された記憶だとぼくは思う。」

シュウはハルカの肩を抱き寄せる。

「君に愛されていたからマナフィは優しいんだよ、ハルカ。そして君に愛されていたから、マナフィは海のポケモン達を愛し、そのリーダーとなれるんだ。」

そのまま、ハルカの体をマナフィごと抱きしめた。

「愛したいならその気持ちをとめてはいけない。愛することは自然なことなんだから。そして、その思い出があるから、君もマナフィも未来へ進んでいけるんだ。」

強く、強く、慈しむように。

「別れは辛いだろう。でも、君に愛された記憶は消えない。君が愛したマナフィの中で生き続ける。それがマナフィの糧となる。」

愛しさを込めて。

「マナフィを愛し続けよう、ハルカ。愛したら愛した分だけ、マナフィは君を忘れない。君もマナフィを忘れない。別れを乗り越えて、その愛は離れていても続くんだ。」

「……ありがとう、シュウ。」

ハルカはシュウの腕の中で涙を流した。




マナフィが神殿の長い水路を飛び跳ねながら泳いでいく。

二人はその後に続いて、廊下を歩いていた。

あの後、庭園でシュウはしばらくハルカを抱きしめていた。

話に付いていけなかったマナフィが退屈してハルカの腕を飛び出し、ハルカを遊びに誘う。

それでシュウを交えて、今まで三人で遊んでいた。

「どこまで行くんだろう。」

シュウが石で出来た廊下の冷たさを裸足で味わいながら歩く。

水の民は神殿では靴を履かないらしく、服はあっても靴は無かった。

なので、シュウもハルカも水の民の衣だけを着ている。

ちなみに、靴や着てきた服は洗って乾燥中だ。

「この道は知ってるわ。マナフィはわたし達に宝物を見せてくれようとしているの。」

「宝物って……君の話していた海の王冠かい?」

「そう。水の民が水ポケモンと交流するために作ったアクーシャの秘宝よ。」

話している内に、三人は行き止まりの小部屋に辿り着く。

ハルカが小さな台座に水の民の印である腕輪をかざした。

腕輪は蒼く輝き、三人を海の王冠へと導く鍵を浮き上がらせる。

ハルカがそれを操作すると、秘宝の部屋に続く道が姿を現した。

「……つくづく水の民には驚かされるよ。」

シュウが不思議な仕掛けを見て、感心したように言う。

「まだまだよ。海の秘宝はこんなものじゃないわ。」

ハルカは笑ってシュウの手を取る。

そして、マナフィを追い、階段を上っていった。




シュウはただ呆然と広い空間に佇んでいた。

天井に向かって水の柱が高く伸びている。

その中をマナフィが楽しそうに泳ぎまわっていた。

「これが海の王冠……。」

下の方には蒼く輝くクリスタルで飾られた台座らしきものがある。

「これを狙って沢山の盗賊が現れたらしいわ。5年前もファントムという海賊がこの宝石を奪おうとしたの。」

ハルカが水の柱に手を入れ、クリスタルに触れる。

「でも、この海の王冠の本当の価値はそんなものじゃないわ。ポケモン達と水の民が一つになれる。それこそが本当の宝物よ。」

腕輪がクリスタルと同じ輝きを放つ。

「5年前も皆既月食の翌日にみんなで海を飛んだわ。そして、今日も海を駆けることが出来る。」

王冠から光が立ち上る。

「行きましょう、シュウ!水ポケモンと水の民の祭りが始まるわ!」

ハルカとシュウは光の帯に包まれた。




海の中を光が奔る。

いくつもの光が海を照らし、アクーシャを彩る。

シュウとハルカは金の帯を纏い、海を飛んでいた。

マナフィが二人の横を泳ぐ。

数え切れない程の水ポケモンと共に。

二人はポケモン達と戯れるように触れ合う。

海と水ポケモンへの感謝の祭り。

水ポケモンと水の民、そしてその全てを優しく包む海への愛を蒼海の王子は歌う。

海の祝福を受けた水の民とその恋人は、美しく水を揺らす歌声の中、暗くなるまで舞い続けた。

 

 

 

 

 

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