蒼海は歌う 愛と喜びを 



第九章   マナフィの一日















マナフィの一日はハルカの腕の中で目覚めるところから始まる。

目を開けると、一番初めに見えるのがハルカの寝顔。

もぞもぞ起き上がって、ハルカの顔の前にやってきた。

「おはよー、ハルカ。」

まずは教えてもらった朝の挨拶をする。

続けて、ハルカの唇に自分の唇を合わせる。

が、唇が触れ合う直前、後ろから伸びてきた腕に抱き上げられた。

「ダメだよ、マナフィ。ハルカはぼくのものなんだから。」

向かい合ったシュウにも挨拶をする。

「おはよー、シュウ!」

「おはよう、マナフィ。」

シュウはマナフィを枕元に置いて、ハルカの頬に手を伸ばす。

「ハルカとキスしていいのはぼくだけなんだよ。」

そう言って、シュウはハルカに唇を落とす。

そのままかなり長い時間、シュウはハルカの唇を塞いでいた。

「シュウずるいー!マナフィもハルカにキスしたいー!」

シュウの服を引っ張るも、シュウは全く気にしない。

ハルカの後頭部に手を掛け、起き上がらせて深くキスを続ける。

騒々しいキスに寝起きの悪いハルカもようやく目を覚ました。

「……シュウ、朝から何やってるのよ。」

愛想の欠片も無いハルカの第一声に、シュウはたちまち不機嫌になる。

「マナフィから唇を守ってあげたのに、その言い方は何だい?」

「シュウがキスしたかっただけでしょう?恩着せがましい言い方しないでほしいかも。」

「おはよー、ハルカ!」

険悪になりかけた二人の間にマナフィがピョコリと顔を覗かせる。

「おはよう、マナフィ。今日も元気ね。」

シュウとの口論を打ち切り、ハルカが笑顔でマナフィを抱き上げる。

「おはよーのキスー!」

マナフィが伸び上がってハルカに口付ける。

しかし、合わせた唇はすぐに離されてしまった。

「人のものを取っちゃいけないって言ってるだろう、マナフィ。」

ハルカの腕からマナフィを取り上げたシュウが眉を寄せる。

「シュウばっかりあいじょーひょーげんずるいー!マナフィもハルカすきー!」

マナフィは自分を抱き上げているシュウの手をペチペチ叩く。

「ダメなものはダメなんだよ、マナフィ。ハルカを一番好きなのはぼくで、ハルカが一番好きなのもぼくなんだ。」

「ちがうー!ハルカのいちばんマナフィー!シュウにばんめー!」

「いいや、ハルカが誰よりも愛してるのはぼくだね。マナフィが二番目なのさ。」

「シュウうそつきー!」

じたばた暴れるマナフィと、余裕に見えるが言っていることは子どもと同レベルのシュウ。

そして、それを呆れながらも楽しそうに見守るハルカ。

マナフィの朝はこうして明るくなっていく。






ハルカ争奪戦が終わったら、神殿の中央に位置する大きな庭園で朝ごはんを食べる。

ちなみに、争奪戦はいつも引き分けだ。

「愛してるわ、シュウ。」と言って、ハルカがシュウにキスをする。

そして、「大好きよ、マナフィ。」と言って、マナフィを抱き上げ頬擦りしてくれる。

何だか都合の良いような気もするが、シュウはそれで満足してしまうし、マナフィはハルカに大好きだと言われて嬉しい。

そうやって取り合いは終わり、いつも三人で仲良く朝食をとっている。

「マナフィはオレンの実をちゃんと食べられるようになったね。」

シュウがオレンの実をもぐもぐ食べているマナフィの頭を撫でる。

じつを言うと、マナフィはいまだにオレンの実があまり好きではない。

この間までのように食べられないというわけではないが、他の実の方が美味しいと思う。

しかし、オレンの実を食べると、シュウはとても喜んでくれる。

ハルカが笑っているのを見るのと同じくらい、シュウが喜んでいるのを見ると嬉しくなる。

だから、マナフィはいつもオレンの実を食べている。






朝食が終わったら、庭園で遊ぶ。

海の神殿には沢山水ポケモンが住んでいるので、みんなを誘って大勢で走り回る。

今までもポケモン達と遊んでいたけれど、ハルカとシュウが来てからは、二人が色々な遊びを教えてくれるので、マナフィは楽しくてたまらない。

「きょうはなにするー?」

マナフィがシュウを見上げて聞く。

「鬼ごっこをしよう。」

「マナフィ、おにごっこすきー!」

シュウの教えてくれた鬼ごっこという遊びはとても面白い。

ただみんなを追いかけるだけなのに、ただ鬼から逃げるだけなのにとても面白い。

かくれんぼと同じくらい、マナフィは鬼ごっこが好きだった。

「それもただの鬼ごっこじゃないよ。ルールを変えよう。」

「かえるー?」

ハルカと顔を見合わせて首を傾げる。

「逃げるのは二人。あとのみんなが鬼。庭園だとすぐに追い詰められてしまうから、逃げる場所はアクーシャ全体。」

「へえ、結構面白そうじゃない。」

ハルカが賛成する。

「それでハルカ、ぼくと一緒に――。」

「ハルカ、マナフィといっしょににげるー!みんなおにー!」

マナフィはハルカの胸に抱きつく。

ちらりとシュウを見ると、後ろを向いて何か小さく呟いていた。






マナフィはハルカに抱えられ、白くて長い廊下を逃げていた。

アクーシャは広い。ひたすら広い。

そのだだっ広い神殿はたった今、壮絶な鬼ごっこの舞台と化した。

「あのシュウが手加減するわけないのよね……。」

ハルカの呟きは裸足のため、ほとんど響かない足音同様、廊下に響くことなく消えていく。

「わたしがマナフィと逃げてるから、何が何でも追いかけてくるはず……。」

「シュウつよいー!」

「そうなのよね。かくれんぼといい、鬼ごっこといい、頭脳戦には滅法強いのよ……。」

マナフィには難しい言葉はよく分からなかったが、シュウがとても強いということは知っている。

どこに隠れても、どんなに遠くに駆けて行っても、必ず自分を捕まえに来る。

だからこそ、逃げ回るのが面白い。

ハルカと逃げると、その面白さは倍増。

大好きなハルカが自分と一緒に逃げてくれる。

大好きなシュウが自分を追いかけてきてくれる。

とても、とても、楽しい。

「ねえ、マナフィ。アクーシャで隠れられそうな場所って知ってる?」

「かくれんぼちがうー。これ、おにごっこー。」

「そうよ。でも、ずっと走り回ってるとすぐに疲れちゃうでしょう?だから、見つかるまでは隠れてるのよ。」

ハルカは急ぎ足で廊下の分かれ道を右に曲がる。

「ハルカー、はやくにげるー。シュウくるー。」

「シュウに絶対見つからない場所……。」

ハルカが何やらぶつぶつ言っている。

よく聞いてみると、「捕まったらどんなことになるか……。」とか、「最近のシュウ、こっちを見る目が時々おかしいのよね……。」とか呟いていた。

マナフィは首を傾げる。

鬼に捕まったら次の鬼が自分達になるだけだし、そもそも目がおかしいというのが分からない。

シュウの目はとても綺麗な色。

神殿にも似たような色はあるけれど、シュウみたいに綺麗な色は今まで一度も見たことがない。

……違う、自分はあの色を知っている。

まだハルカと陸にいた頃、同じ色を見た記憶が微かにある。

はしゃぎ疲れて眠ってしまう前。

くねくねした洞窟を泳ぐ前。

崩れかけた建物に入る前。

暗くなって全ての色が見えなくなってしまう前。

シュウの目と同じ色を見たことがある。

ハルカに抱かれ、ハルカの腕の中から。

大きな建物に生い茂る色を。

日の光に照らされ、風にそよいでいた色を。

シュウの目と同じ美しい色を。

シュウは、生まれた場所の最後の思い出と同じ色をしていた。






「マナフィ、ここに隠れましょう。」

「マナ!」

二人は小さな階段の陰に隠れた。

目の前に噴水があるので、覗き込まれない限り、ここに隠れているとは気づかれない。

マナフィは小さくなって座るハルカの胸に抱きしめられていた。

ハルカの体はとても柔らかい。

昔よりももっと柔らかい。

でも、昔と同じ優しい匂いがする。

とても心が安らぐ。

ハルカと別れて暮らし出したアクーシャでは楽しいことが沢山あった。

ここに住むポケモン達と一日中海を泳ぎまわって。

色々な海を巡って、そこに住む水ポケモン達と遊んで。

毎日がとても楽しかった。

それでも、こんなに心がゆっくりしているのは久しぶりのような気がする。

遠い昔、こんな風に抱かれて胸の鼓動を感じていた。

ハルカは海みたいだ。

自分を見守ってくれる蒼い瞳、自分を抱いてくれる優しい手、自分を包み込んでくれる柔らかな体。

波に揺られて眠っているような、温かな光にくるまれているような。

優しい優しいマナフィのハルカ。






いつの間にか眠ってしまっていた。

目が覚めたのは、突然すぐ近くで大きな足音がしたとき。

「マナ!?」

思わず声を上げてしまった。

数匹のポケモンがこちらを覗き込んでくる。

目がバッチリ合った時に、自分達は隠れていたのだと思い出したがもう遅い。

「逃げるわよ、マナフィ!」

ハルカがマナフィを抱えて、階段の陰から飛び出した。

しかし、待ち構えていた鬼達は、ハルカの進路を塞ごうとする。

咄嗟にマナフィは触覚を伸ばした。

赤い光と共に、鬼達の心を入れ替える。

鬼達がうろたえている隙に、ハルカは横をすり抜け、廊下を走り出した。






「マナフィ、さっきのは凄かったわね。」

ハルカが廊下を駆けながら言う。

クスクス楽しそうに笑っていた。

「この調子でシュウを出し抜くわよ!」

「マナ!」

ハルカは廊下を走り抜けて行った。






「なっ!ここにも!?」

マナフィとハルカは逃げに逃げていた。

しかし、廊下から広場など開けた場所に出ると、必ず鬼が待ち伏せている。

その鬼をかわして逃げるものの、追いかけてくる鬼は増え続ける一方だった。

「何でこんなに鬼がいるのよー!」

ハルカがやけになって叫ぶ。

鬼ごっこの参加者は自分達以外鬼なのだから鬼が多いのは分かるが、それでも追いかけてくる鬼の数は半端ではなかった。

分かれ道にも鬼、階段にも鬼、どこもかしこも鬼だらけ。

マナフィは廊下を全力疾走で逃げるハルカの腕から後ろを見る。

「ハルカ!おにいっぱい!」

「分かってるわよー!」

マナフィの視線の先には、廊下を大挙して押し寄せてくるポケモン達がいた。

水ポケモンなので陸上ではそれほど素早くないが、数が多すぎる。

ハルカは逃げ回るので精一杯なのに対し、向こうは交替で先頭に立ち、ハルカを追い詰められる。

マナフィも触覚を伸ばして鬼達の心を入れ替え続けているが、追いかけることを目的とした鬼達にとって、それはさほど問題ではないらしい。

別の体で同じターゲットを追い続けていた。

「げげっ!シュウ!?」

ハルカの声に、マナフィは前を向く。

廊下の向こうからシュウが走ってきていた。

「ハルカ!観念して大人しく捕まるんだ!」

「嫌よ!」

挟み撃ちに遭いかけたハルカは、何とか廊下のわき道に逸れた。

「この先に追い込むんだ!」

シュウの声を振り切って、ハルカは廊下を駆け抜ける。

出た先は大きな水路が張り巡らされた空間だった。

出口に向かい、水路の側道をひた走る。

が、ハルカはぴたりと足を止めた。

「今までのも全部、ここに追い込むための罠だったのね……。」

出口には何匹もの鬼が待ち構えていた。

「これまでだよ、ハルカ。」

鬼達を引き連れたシュウがニヤリと笑う。

それを見たハルカがマナフィをぎゅっと胸に抱き寄せた。

「……マナフィ、逃げるわよ!」

ハルカは何のためらいも無く、隣を走る水路に飛び込んだ。

「何っ!?」

シュウの声が水の中にいるマナフィにまで届く。

一瞬でかなり遠くまで泳いで水面に顔を出した。

「卑怯だぞ、ハルカ!」

シュウが悔しそうに言うのを聞いて、ハルカが得意げに言い返す。

「鬼ごっこの舞台はアクーシャ全体よ!ルール違反なんかじゃないわ!」

そして、マナフィに優しく言ってくれる。

「さあ、行きましょう、マナフィ。」

シュウが鬼達に指示を出すのを後ろに聞きながら、マナフィは再び水に潜った。






マナフィはハルカの脇に抱えられ、ハルカを導いていた。

自分が一番水路を知り尽くしている。

そして、自分が一番速く水路を泳ぐことができる。

追いかけてくる鬼達をぐんぐん引き離して、二人でどこまでも逃げる。

ハルカの顔を見ると、ハルカもこちらを見て笑ってくれた。

マナフィは張り切ってスピードを上げる。

時々、ハルカの息継ぎのために顔を水の上に出して、マナフィは辺りを見回す。

「大丈夫よ、マナフィ。あなたに追いつけるポケモンなんていないわ。」

「ポケモンはね。」

突然の声に二人は思わず顔を上げる。

そこに影が降って来た。

「チェックメイト。」

水しぶきを上げ、影がハルカの体を捕らえる。

「シュウ!?」

ハルカとマナフィは揃って影の名を呼んだ。

「な、何で追いつかれたの!?誰も追いつけなかったはずなのに!」

「水の中ではね。でも、この神殿の水は循環している。陸伝いに先回りしただけさ。」

自慢げなシュウの説明を聞きながら、マナフィは視界の隅を何かが横切るのに気付いた。

潜ってみると、それはハルカの帯だった。

ずっと泳いでいる内に緩んでしまったのだろう。

水流に乗り、どんどん遠くへ流れていってしまう。

「マナ!」

マナフィはやっと追いついてきたポケモン達に指示を出し、新たな鬼ごっこを開始する。

今度のターゲットは紺の帯。

ちらりと後ろを振り返ると、ターゲットを捕らえた鬼が水の上で愛情表現をしているところだった。

ターゲットを捕まえたらハルカのキス。

そう思って、マナフィはポケモン達と一緒に帯を追いかける。

鬼はまだハルカに唇を合わせていた。






ひらりひらりと水中を逃げ回る帯をみんなで追いかけて。

しかし、帯は捕まえようとしても、するりと手を抜けてしまう。

鬼達はムキになって帯を追いかける。

一番速く泳げるマナフィがやっと帯を捕まえた頃には、鬼になってから随分時間が過ぎていた。

マナフィは急いで二人の所に戻る。

さっき捕まった場所はいつもの庭園の水路だった。

二人はまだそこにいるはず。

捕まえた帯を見せて、ハルカにキスしてもらおう。

マナフィは水路を泳いでいった。






マナフィが水路から顔を出すと、思った通り、二人はまだ庭園にいた。

木陰に並んで座っている。

シュウがマナフィに気付いて笑顔で手を振ってくれた。

「おかえり、マナフィ。」

マナフィは手を振り返して緑の芝生に上がった。

「ただいまー。ハルカ、キスしてー。」

シュウと一緒にいたハルカに近づいて、引きずってきた長い帯を見せる。

「ありがとう、マナフィ。あなたに落し物を見つけてもらうのはこれで二回目ね。」

ハルカがマナフィを抱き上げようと手を差し伸べる。

しかし、ハルカの伸ばした腕ごと、シュウはハルカを後ろから抱きしめてしまった。

「ダメだよ、マナフィ。ハルカの唇はぼくのものだって言っただろう。」

「もうっ!シュウ、いい加減にしてよね!」

ハルカが暴れて逃げようとするも、シュウはがっちりとハルカを捕まえて離さない。

それどころか、自分の体に引き寄せ、マナフィに見せ付けるように笑った。

「ぼくはハルカを捕まえたからハルカにキスを貰ったんだ。マナフィ、君は帯からキスを貰うといいよ。」

「……。」

言われて、マナフィは手にある帯に目を落とした。

そのままじっと見つめる。

「……シュウ、ずるい。」

「そうだよ、ハルカにキスしていいのはぼくだけなのさ。」

そう言って、抱きしめたハルカのうなじに唇を落とす。

ハルカが赤くなって何か言っても、シュウは相変わらず笑うばかり。

「……ずるい、シュウ。」

マナフィはふくれる。

シュウはずるい。

あれだけ抱っこはダメだと言ったのに、シュウはまたハルカにピッタリくっついている。

二人は濡れているから、ハルカもあまり暑くないだろうけれど。

ハルカは腕ごとシュウに抱きしめられていて、身動きがとれない。

シュウがハルカを独り占めしている。

……シュウ、ずるい。

マナフィは座った二人に近づく。

すぐ傍まで行って、ハルカの顔を見上げた。

赤いハルカの顔はずっと上。

続けてシュウの顔を見上げる。

ハルカを膝の間に座らせて抱きしめているシュウは余裕の表情だった。

「シュウ、ハルカはなすー。」

「いやだ。」

「ハルカ、マナフィのー。」

「ぼくのだ。」

「シュウ、ずるいー。」

「マナフィの方がずるいじゃないか。いつもハルカを独り占めして。」

マナフィはふくれたまま、シュウの顔を見上げる。

ここでハルカがため息をついた。

「シュウ、子どもみたいなこと言わないの。帯を見つけてきてくれたマナフィにお礼をするのは当然でしょう?」

「もうお礼は言っただろう?君はぼくに捕まったんだから、ぼくだけのものだ。」

「あなたね……。」

もう一度ため息をついたハルカは、ふっと体の力を抜いてシュウの胸に頭をもたせかけた。

「そうね。わたしはあなたのもの。」

驚いたように目を丸くするシュウに構わず、ハルカは続ける。

「わたしの心も体も全てあなたのもの。」

マナフィはハルカの顔を見上げる。

とても綺麗だった。

「シュウ、あなたを愛しているわ。」

マナフィはハルカにいきなり告白されたシュウの顔を見る。

ほんのり赤く染まっていた。

ハルカも綺麗だけど、シュウも綺麗だと思う。

「そして、あなたとは全く違う意味でマナフィも。」

その言葉に、マナフィはハルカの顔を見る。

さっきから、ハルカとシュウを変わりばんこに見ているが、その度に二人の浮かべる表情は違う気がする。

でも、そのどれもがとても美しいと思った。

「こうしてあなたに抱きしめられているのは本当に幸せよ。でもね、それだけじゃ足りないの。わたしはもっと幸せになりたいわ。」

その言葉に、今度はシュウがため息をつく。

「まったく、君という人は本当に欲張りなんだから……。」

ハルカに絡められた腕が緩んだ。

「そう言われたら、君の望み通りにするしかないだろう?ぼくが何よりも願っているのは君の幸せなんだから。」

「ありがとう、シュウ。」

「はいはい。その代わり、頬に一度だけだからね。」

諦めたように苦笑するシュウにハルカは柔らかく微笑みかける。

そして、マナフィに向き直り、優しく腕を広げてくれた。

「いらっしゃい、マナフィ。」

「ハルカすきー!」

その腕に飛び込むと、ハルカがほっぺにキスをしてくれた。

そのまま、ぎゅっと抱きしめてくれる。

帯を捕まえられて良かった。

マナフィがそう思っていると、体に感じる温もりがもう一つ増えた。

見上げると、シュウがマナフィごとハルカを抱きしめていた。

「ハルカ、幸せかい?」

「ええ、幸せよ。」

「マナフィは?」

「しあわせー?」

さっきから二人が言っているけど、一体何なんだろう。

ハルカもシュウも嬉しそうだから、多分いいものなんだろうけど。

「ずっとこうしていたいって思うことさ。心が満たされて温かくなること。」

その言葉に、マナフィは鬼ごっこでハルカと隠れていた時のことを思い出す。

あの時の温かさを幸せというのだろうか。

そして今も。

「マナフィしあわせー!ずっとだっこされたいー!」

「それは良かった。」

シュウは笑って、またぎゅっと抱きしめてくれる。

マナフィはずっと二人の温かさを感じていた。






どれくらいそうしていただろうか、シュウが突然腕を離した。

「シュウ?」

ハルカがシュウを振り返る。

マナフィもシュウを見上げた。

「ハルカ、寒いならちゃんと言わなきゃダメだよ。今震えただろう?」

シュウは立ち上がる。

「お風呂に入ろう。さすがに濡れっぱなしじゃ風邪を引いてしまう。」

「もうちょっとこうしていたいんだけど……ダメ?」

「ダメー?」

ハルカと一緒に首を傾げる。

こちらを見下ろすシュウは、クスリと笑うとハルカを抱き上げた。

もちろん、ハルカの腕にいるマナフィも。

「これでいいだろう?お風呂まで抱いて連れて行ってあげるから。」

「……うん。」

ハルカはマナフィから片手を離してシュウの首に絡ませる。

マナフィは体をシュウの胸に寄せた。






マナフィの一日はベッドに始まりベッドに終わる。

マナフィはハルカの胸に抱かれていた。

今日も一日本当に楽しかった。

二人と一緒にお風呂に入って、そこでも二人と遊んで。

お風呂から上がった後もぽかぽか気持ち良かったせいか、いつの間にか遊んでいたベッドの上で眠ってしまって。

目が覚めたら、二人も自分と一緒に眠っていた。

それで、二人を起こして、また庭園で駆け回って暗くなるまで遊んだ。

ハルカの顔を見つめる。

あんなに昼寝したのに遊び疲れたのか、ベッドに入るなりすぐに寝てしまった。

マナフィは横を向いて、シュウの顔を見る。

シュウも沢山遊んだせいか、ハルカと同じくらい早く寝てしまった。

いつもシュウとはどちらがハルカと一緒に寝るか取り合いをしている。

こちらからハルカをあげたときを除いて、マナフィが負けたことは一度も無いのだけれど。

しかし、今日は珍しくシュウの方から譲ってくれた。

その時の「今日はマナフィに貸してあげるよ。ぼくのハルカがより幸せでいられるんだからね。」というセリフは気に入らないが。

自分がいると、ハルカが幸せでいてくれるのはとても嬉しい。

でも、「ぼくのハルカ」というのはずるいと思う。

「……ハルカはマナフィのー。」

でも、やっぱりマナフィはシュウが好きなのだ。

シュウはハルカの体を抱きしめて、マナフィをもその胸に抱きしめてくれている。

昼間のように、マナフィは二人に抱きしめられていた。

マナフィはシュウの顔をじっと見つめる。

ハルカとは違う大きな手、ハルカとは違う広い胸、ハルカとは違うけれど、でもやっぱり優しい匂い。

大きくて広くて優しいシュウ。

「……シュウもマナフィのー。」

二人に抱きしめられて、マナフィは目を閉じる。

「ハルカー、シュウー、おやすみー……。」

明日も沢山二人と遊ぼう。

遊び疲れたら二人に抱っこされて、その温かな腕の中で眠ろう。

そして、起きたらまた二人と遊ぼう。

明日もきっと幸せな一日になる。

マナフィは二つの温もりに包まれて眠りについた。

 

 

 

 

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